中庸である、ということ。

こんにちは、編集長の高橋直美です。


昨日ふと、
中庸であることについて考えました。
わたしが「中庸」という言葉を知ったのは
マクロビに興味を持ったことから。


わたしは以前、
ガチガチではないものの、
玄米菜食をしていたことがありました。

キッカケは妊活。
子どもが欲しくて、冷えとりを始めて
玄米菜食に半身浴、靴下を重ね履きする生活。

動物性食品をなるべく排除して
牛乳を飲まなくなったり
精製されたお砂糖や小麦粉を嫌ったり
ベジミートを買ってみたりしたこともありました。
玄米ご飯とお茶だけで過ごす
七号食にもチャレンジしたことがあります。


服装も、極力天然素材の絹・麻・綿・ウールを選んで
ナチュラル系の服を選んで着るようになりました。


半身浴は今でも大好きで続けていて
靴下の重ね履きも続けています。
玄米ご飯も美味しいから食べています。
麻の服も好きです。

反面
お肉やお魚、お菓子やジャンクフードも
大好きでよく食べています。

クリームたっぷりの飲み物も大好きです♡


いわゆる「からだにいいこと」を

アレコレやってみた結果、感じたことは


「からだにいいこと」を良しとして

「からだに悪いこと」を敵視していたということ。


「内側」から自分を良くするために選んだはずのことが

「外側」に対してジャッジして自分の選択肢を狭めていた

そのことに気づいたのです。


未精製な食べ物を選ぶために
自分のココロを精製していたんですね。


そしてしばらくして

「未精製な自分」こそが

いちばん中庸であると気付きました。


未精製な自分とは

わたしが思うに、外側でジャッジしない自分。
いいか悪いかではなく、自分が心から好きか嫌いか。

自分にとって悪いと感じるモノを排除しないこと

なのだろうと思うのです。



「はぐみ」のコンセプトは

まさに、この「未精製な自分」であること。

自分のココロに嘘をつかないこと。

自分の「好き」に忠実であること。

誰かにとっての「イイモノ」が
自分にとっての「イイモノ」とは限らない

取り入れてみる、とことんやってみる
でも、途中でやめてもいい。


それぐらいのユルさが必要だと思っています。

特に東北の女性にはね。


本当にやりたいことなら続きます。
やめたくてもやめられません。
わたしの半身浴や本づくりのように♡

でもやりたくないことを
やめられない人たちが大勢います。
仕事とか特にね。

どうか自分のココロを

中庸に保ってくださいね♡

かくいうわたしもまだまだです!

一緒に、未精製な自分を目指しましょうね♬

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